
指を切ってからしばらくは大人しくしていたのだが、それでも
iPhone工作の虫が眠り続けていたわけではない。
HくんがAppleストアでプレゼンをする機会があり見に行ったら、
カッコヨク、iPhone画面をプロジェクタに投影してデモしていた。
Hくんは若手のGくんやKくんにカメラスタンドを作ってもらったらしい。
オレの人差し指を犠牲にしたスタンドは日の目を見なかった。
この悔しさを胸に、
いずれはHくんのiPhoneスタンドを置き換えてやろうという
野望を胸に、密かに研究開発をつづけていたのだ。
~~~BGMは宇宙戦艦ヤマトのテーマでお願いします~~~
(まあ、研究開発と呼んでいるのはオレだけ、
カミさんはこれを「わさ」と呼ぶ
。
「ほらほら、わさばっかやってじゃないわよ」みたいに。
新潟の方言で「悪さ、いたずら」
)。
HくんのプレゼンはMac、手頃なWebカメラを探したが、
今やMac本体にカメラが付いていて、良いものが見つからない。
あきらめて、しばらく放っておいたのだが、
最近バッファローのWebカメラでBSW20KM01H
このカメラWindows/Ma
(定価は9300円だが、5000円程度で買えそう。)
数日後、届いたパッケージを開けると、Windows版のソフトしか入っていない。
でも、Macで試してみたら、フォーカスのコントロールは出来ないが、いい具合にフォーカスがあっているので使えそうだ。
また、このカメラで都合がいいのはボールジョイントを採用していること。カメラの向きを自由に動かせるのだ。
日頃買い込んでいた机の上にに散らかっていた、小物三脚群から一つ、手頃そうなのを選んで合わせてみる。いい感じ。
三脚のうち、2本の足を取り除き(黒いゴムをはがすとネジが見える)、残りの1本の足の関節部はノブボルト(つまみがついているボルト、M6ってやつ)を通して固定できるようにする。
合板に6mmほどの穴をあけ、1/4インチのTナットという三脚用の
受けネジを据え付ける。
本来、カメラの底にねじ込まれる三脚のネジを合板に取り付けて、
逆さまに使おうってわけ。
こんどは本体スタンドのボールジョイントを切り取ろうとしたが、
これがなかなか大変。
結局、レザーパンチ径8mm(皮革に穴を開けるやつ、なんでこんなもの
持ってるのか思い出せないけど)で打ち抜いてしまってOK。
これを、どこのご家庭にもある自由樹脂で(笑)、1本足の先端に固定する。
合板にiPhoneを直接置くのでは無骨だし。。。と、
100円マウスパッドを切って両面テープで貼る。
合板の四隅もアールをつけて、これでiPhoneを載せても傷がつかないし、
バックが黒いのもイイじゃな~い?
さて実験。
MacのQuickTimeプレーヤなどで撮してみると、グッド!っと?
い、いや像が上下逆さま。あちゃ~
しかたなく、Webカメラを分解(バッファローさんゴメン)し、
内側のマイクが嵌(は)まる爪などを削って、
カメラ本体の基盤を180度回転してひっくり返してしまう。
おかげで、マイクや静止画用ボタンが使えなくなる(汗)。
もう一度組み立て、オッケー!
なかなか良い出来に機嫌を良くして、やはり百均のCDケース(300円也)に、
ウレタンボードで型をつくって、キャリングケースも!
やった!案外きれい。

iPhoneでデモしたい人、お薦め。
ここんとこ忙しくってブログ更新サボってしまった。
で、9月のネタでんねん、許してや。(関西弁は謝りやすいね)
カミさんの実家では稲刈りでした。
小学校の時ならった稲刈りは、一株、一株、鎌で刈って、ハサにかけ
天日干し、その後、脱穀機にかけるというような行程だったと記憶するが、
今やコンバインで穂先を刈り取り、脱穀までしてしまい、刈った籾(もみ)
の袋入れまでやってしまう。
「手伝いましょうか?」
とムコ殿が偉そうに申し出る。
とはいっても、やることは籾が一杯に入った袋を作業場に運ぶこと。
運ぶといっても動力運搬車がやるので、積み降ろしに力がいるだけだ。
簡単、簡単。
と思っていたが、いつのまにかマウスの上げ下ろししかしない
脆弱な肉体のオッサンは、まったく頼りない。気合いだ~!
豊かな実りを誇っていた田んぼは、数時間の作業で、白いビニール袋が
3~4個ずつ散在するだけの姿となった。
作業場には大きな乾燥機があり、収穫した籾を時間をかけて乾燥させる。
もうなかなか「はさがけ」は見られない。
例年になく雨の多い9月、ようやく晴れた連休での集中作業。
近所の農家も大忙しだ。
義理の兄は、自分の田んぼが終わったら、近所の稲刈りを手伝いに
出かけた。
久しぶりの汗に秋風が心地よい。
ふと見ると、
お盆休み明けの月曜日。
会社へ行くのがつらい、つらい。
駅の階段を駆け上り、カードを改札にタッチ。
発車のメロディが鳴り響く。急げ。
「駆け込み乗車はおやめください~」
と構内アナウンス。
しょうがないじゃん。
これに乗れば進捗ミーティングに間に合う。
休み明けから遅刻したら何を言われるやら。。。
車内に滑り込む。間に合った。
ほっ。
始発駅だからね、いつも座れる。 でもなかなか発車しない?
と、ドアが閉まって発車したのは
反対側ホームの電車だった。
何だよ。せっかく飛び乗ったのに。
途中の駅で
女の子が乗ってきてオレの前に立った。
見るからにお盆休みの疲れを引きずった寝ぼけ顔だ。
こっちも、うつらうつら寝ぼけ眼(まなこ)で見ているからボケた顔に見えるのかもしれない。
と、しばらくすると、ミッキーマウス柄のバッグから、
なにやらガサゴソとりだし、な、なんと、
つり革に掴まりながらも化粧を始めた。
ジロジロ眺めるわけにもいかず、目を伏せて寝たふりのつもりが
また、うつらうつら船をこぎはじめる。
三つばかり駅を過ぎて、ふと目を上げると、
ガ~ン。
そこには黒木メイサが立っていた。
コラー、ショックだね。
(女性の顔は地下鉄3駅で変わる)
お盆はカミさんの実家に帰省。
「だすけさぁ、ソレが心配なんだて。」
(だからさぁ、ソレが心配なんだよ。)
義理の兄が「ソレ」というのは日照不足のこと。
畦(あぜ)をかため、水をはり、苗を植え、草をかり、梅雨時は雨を心配し、夏は日照を心配し。
「米」の字を分解して「八十八の人手がかかる」というのも頷ける。
「測候所」は梅雨明けを宣言したものの、なかなかこれぞ夏という晴天が続かない。
新潟でも同様。
西日本では台風がらみの豪雨で田んぼが水に浸かってしまった映像も。
天気の週間予報は、傘のマークと雲のマークばかりで、お日様が少ない。
それでも、朝昼晩とテレビの天気予報をみていると週間予報が毎回変化する。
朝に「あさっては雨だねぇ」と溜息をついていると、
夕方の予報では「曇りになった。墓参りまでもつといいけど。」と一喜一憂。
こんなに頻繁に変わるんじゃ、予報の意味も薄れるなぁ。
予報が難しい気象になったってことか?
明くる日は、我が輩の行いが良く(うそうそ)、久しぶりの晴れ!
田んぼの稲穂も元気そうだ。「頭(こうべ)を垂れ」始めたやつもいるぞ。
墓参り。
ろうそくと線香。花と薬缶(やかん)。そして提灯(ちょうちん)。
兄妹で手分けして携えて、先祖の墓へ。
花を飾り、薬缶の水で墓石を浄める。
ろうそくを灯(とも)し、線香に移し、大小いくつかの墓石に供える。
祈りをささげ、ろうそくの火を提灯に移し、家まで運ぶ。
何年も繰り返してきた同じ手順を、今年も繰り返す。
義理の母は「もう百歳だ」と言う。
本当は90歳。まあいいか、1割はおまけだ。
楽しそうに同じ話題を何度も何度も繰り返す。
蝉の声。
ベンチャーズのデケデケギターの迫力にしびれた中学生オレだったが、
しかし、高校生のころはフォークソングにはまっていた。
男子高のオレは学園祭では、
ハードロックバンドを組んでのステージで女子高生を沸かせるよりも、
ガリ版で地味な歌集を刷って「歌声ルーム」で反戦歌を歌うほうを選んだ。
(というとカッコイイけど、アンプやエフェクタを買う金がなかったのね、要するに。)
よく歌われていたのは「風に吹かれて」(ボブディラン)。
How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?どれだけの道を歩いたら
ひとは大人になれるの?
どれだけ海を越えたら
ハトはやすらぎを得られるの?
ボブディランの曲だけど、みんなが歌っていた。
なかでもピーター・ポール&マリー(PPM)のハーモニーが受けていた。
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.いったいどれだけ大砲を撃ったら
戦争は終わるのだろう ?
友よ、その答えは風が知っているだけ、
風が知っているだけさ。
当時はベトナム戦争が長期化していて、
多くの反戦歌が作られて歌われていた。
オレは「戦争を知らない子供達」の世代だから、
反戦思想も空想だけで、芯が通っていない。
反戦歌と言っても、心地良いハーモニーを奏でるだけ。
ぼんやりと、
21世紀は戦争のない世界を期待していたけれど、
9.11でその期待も裏切られてしまった。
東西冷戦が終わり、イデオロギーの対立が無くなったら
今度は民族問題が顕在化してくる。
今年4月、バラク・オバマは、プラハで
唯一の核兵器を使ったことがある国の大統領として、核廃棄への演説を行った。
「今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求する
という米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。」
そういえば唯一の核兵器を使われたことがある国は日本だった。
また、8月がやってくる。